
1.はじめに
平成29年8月初旬、堺市立中学校の数学教師 A先生から、3編の論文が送られてきた。そのうちの1編が桃山学院大学教授安藤洋美の論文『泉州の算額』(注1)である。この論文との遭遇により、泉州一円にも算額が存在した事実が明らかになり、私たちは早速調査に取りかかった。その調査過程で、隣接する河州にも広く算額が存在したことが見えてきて、総計八面、問題文にして24問(28年度も含めると.9面35問)を、新たに明らかにすることができた。現存する河州北河内の意賀美神社(枚方市)算額も含めた10枚38問でもって、同年12月に「泉州・河州の算額展」を開催することができた。和算不発の地と思われてきた泉州・河州地域にも、明るい光が見え始めてうれしく思う。
2.調査の方法
我々の調査の手順は、次の通りである。
① 全国算額一覧「文献および紛失した算額一覧」(注2)記載の大阪府(47面)のうち、泉州、河州を住所とする神社仏閣名を抽出し、古文書としての引用文献を確認する。
〔文献及び紛失した算額一覧〕 (F-1)
| 年 号 | 西暦 | 神 社 名 | 住 所 | 出 題 者 | 引用文献 |
| 大阪府(47面) 天保13年 |
1842 | 堺住吉神社 | 堺市 | 佐久間質 佐久間續 |
算法奉額 起源 |
| 弘化4年 | 1847 | 牛頭天王社 | 枚方市? | 福田先生門人岩田清庸 | 順天堂 算譜 |
- [堺住吉神社の場合]
堺市にある住吉大社宿院頓宮のことで、これは地元の人間にはわかる。そこに奉納された算額の記録が古文書『算法奉額起源』にあることを著している。 - [枚方市?牛頭天王社の場合]
枚方市のどこにあるかは定かではないが、そこに奉納された算額の記録が古文書『順天堂算譜』にあるとのことを著している。
②古文書が確認できたら、所在場所を調べ、現地に出向いて古文書の中の算額記述を確認する。
③古文書の中の算額記述部分を含めて必要箇所をコピー。
| 〔古文書所在場所〕 | 〔その後〕 | ||
| [堺住吉神社の場合] | 山形大学小白川図書館 | 算額展等で公表 | |
| [枚方市?牛頭天王社の場合 | 京都女子大学図書館 | 意賀美神社と同一算額 |
④算額展等で公表した算額については、教材化是非判断の対象とする。
3. 大阪の算額分布図の変遷
〔大 阪 算 額 分 布 の 変 遷〕
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| (平成4年4月) 近畿数学史学解放 『近畿の算額』 39頁 大阪教育図書 |
(平成28年12月) □:復元算額 ◆:新発掘算額 和算教材化研究会調査 |
(平成29年12月) ◆:新発掘算額 和算教材化研究会調査 |
4.調査の結果
〔泉州・河州における数学絵馬(算額)発掘社寺等〕 (F-3)
| 奉納社寺名 | 住 所 | 奉 納 年 発掘年月 |
古文書所在場所 算額・算題数 |
| ① 堺大寺絵馬寫 (開口神社) |
堺市堺区甲斐ノ町 | 文化元年(1804) 平成28年10月発掘 |
諸社繪馬写(注3) 阪府立中之島図書館 1面11題 |
| ② 泉州三村宮前算術 絵馬写 (開口神社) |
堺市堺区甲斐ノ町 | 文化元年(1804) 平成29年9月発掘 |
諸社繪馬(注3) 大阪府立中之島図書館 1面10題 |
| ③ 泉州堺大寺 三村明神社 (開口神社) |
堺市堺区甲斐ノ町 | 文化8年(1811) 平成29年11月発掘 |
賽祀神算(注4) 京都女子大学図書館 1面1題 |
| ④ 堺住吉神社 (住吉大社宿院頓宮) |
堺市堺区宿院町 | 天保13年(1842) 平成29年10月発掘 |
算法奉額起源(注5) 山形大学小白川図書館 1面1題 |
| ⑤ 泉州日根野郡竜王社 (泉州・意賀美神社?) (脇浜神社か?) |
泉佐野市上郷? 貝塚市脇浜 |
天保6年(1837) 平成29年11月発掘 |
豁機算法(注6) 桃山学院大学研究紀要 1面2題 |
| ⑥ 河州瓜破村祠繪馬 (瓜破天神社) |
大阪市平野区瓜破 | 文化2年(1805) 平成29年9月発掘 |
諸社繪馬寫(注3) 大阪府立中之島図書館 1面6題 |
| ⑦ 河内国藤井寺観音堂 (藤寺寺) |
藤井寺市藤井寺 | 天明2年(1782) 平成29年10月発掘 |
諸国算額新集(注7) 山形大学小白川図書館 1面1題 |
| ⑧ 河州狭山牛頭天王社 (狭山神社) |
大阪狭山市半田 | 寛政7年(1795) 平成29年11月発掘 |
神壁算法(注8) 京都女子大学図書館1面1題 |
| ⑨ 河内国藤井寺観音堂 (藤井寺) |
藤井寺市藤井寺 | 文化4年(1807) 平成29年10月発掘 |
諸国算額新集(注7) 山形大学小白川図書館 1面2題 |
5. 泉州・河州の発掘算額
| ① 堺大寺絵馬寫 (開口神社) |
堺市堺区甲斐ノ町 | 文化元年(1804) 平成28年10月発掘 |
諸社繪馬写 大阪府立中之島図書館1面11題 |

〔解 説〕:
泉州で最初に発掘できた算額である。漢文の解読は「算額に親しむ会」のメンバーが、藤井康夫氏(日本数学史学会)の指導を受けて進めている。令和2年現在、本会高校部会で解読中。
| ② 泉州三村宮前 算術絵馬写 (開口神社) |
堺市堺区甲斐ノ町 | 文化元年(1804)奉納 平成29年9月発掘 |
諸社繪馬写 大阪府立中之島図書館1面10題 |
〔解 説〕
泉州で二番目に発掘できた算額である。開口神社は、武田眞元生誕の地も近いことから、泉州算額文化の中心的役割を果たしていたと考えられる。令和2年現在、本会高校部会で解読中。
| ③ 泉州堺大寺 三村明神社 (開口神社) |
堺市堺区甲斐ノ町 | 文化8年(1811) 平成29年11発掘 |
賽祀神算 京都女子大学 図書館1面1題 |
【泉州堺 大寺三村明神社(開口神社)奉納算額】
今図の如く、大小の円、相交わって有り。其の中罅(ちゅうか)に、甲乙円各一個と共に平円を二個容れる。丙円をして最大に使すること欲す。大円の径五十六寸、小円の径四十二寸。平円径幾何かを問う
答えて曰く 最大丙円径 一十五寸 ――術以下は略
[解 説]:
狭山町史誌第3章4学問 595頁に、「林(狭山藩士林自弘)の門人、岸忠義(喜八郎)は堺の人で、堺の三村神社(俗称大寺)に算額を奉納した」との記録がある。上記算額は中村時萬著『賽祀神算』(注4)に記されていたもの。『賽祀神算』には、享保から文政までの約100年に諸国神社仏閣に奉納された算額が記録されている。
| ④ 堺住吉神社 (住吉大社宿院頓宮) |
堺市堺区宿院町 | 天保13年(1842) 平成29年10月発掘 |
算法奉額起源 山形大学小白川 図書館1面1題 |
【所掲泉州堺住吉神社之一事】
今、図の如く、外円内に等方(正方形)三個及び金銀二斜有り。金斜の者、上下正方 形の上隅に及び、外苑に切(接)す。銀斜の者、上下正方形の下隅に切(接)し、金紗 に距(至)る。唯言う、金斜一寸。銀斜幾何かを問う。答曰、銀斜一寸三四三寄有
―術以下略―
[解 説]:
作者の佐久間二郎太郎藤原續は、奥州三春藩の藩士である。天保十三年(1842)に、泉州堺住吉神社に上記算額を奉納したことが、續(つづき)の著書『算法奉額起源』に記されている。兄の質(ただす)と共に、多くの著書を遺し、佐久間文庫として、山形大学小白川図書館に保管されている。
| ⑤ 泉州日根郡竜王社 意賀美神社? 脇浜神社か?) |
泉佐野市上之郷? 貝塚市脇浜? |
天保6年(1837) 平成29年11月発掘 |
豁機算法 桃山学院大学 研究紀要1面2題 |
【所載泉州日根野郡竜王社者一事】
(図11)「豁機算法」 (下巻)3頁目の算額
今,図の如く、円壔(筒)有り。円を穿去す。両壔をもって円心を挟む。壔経若干。 穿径若干。壔経の面積を得る術如何かを問う。術、左の如し.
――以下略――
*:円壔(えんとう):円筒のこと。 穿去(せんきょ):くり抜き取り去ること。
――以下略――
作者は、岸和田藩士薮内旬平。算額2題が、紀州藩士志野知郷著『豁機算法』に掲載されている。奉納社の日根郡竜王社は、泉佐野市・意賀美神社か貝塚市・脇浜神社のどちらかと思われるが、定かではない。「豁機」とはCalculus(微積分)を意味するとのこと。
| ⑥ 河州瓜破村祠絵馬 瓜破天神社 |
大阪市平野区瓜破 | 文化2年(1805) 平成29年9月発掘 |
諸社繪馬寫眞 大阪府立中之島 図書館1面6題 |
【河州瓜破祠繪馬】
[解 説]:
河州は今村知商の故郷であり、瓜破村はその河州狛庄と隣接している。この地域から、1面6題の算額存在を確認できたことの意味は大きい。令和2年現在、本会グループで解読中。
| ⑦ 河内国藤井寺観音堂 藤井寺 |
藤井寺市 藤井寺 |
文明2年(1782)奉納 平成29年10月発掘 |
諸国算額新集(注7) 山形大学小白川 図書館1面1題 |
今、図の如く、三斜(三角形)内に三円を容して有り。只云、外余積若干。叉云、甲円径若干別云、乙円形若干。三斜各々と大円径を問う。
内田秀富門人
【所掲河内國藤井寺観音堂者一事 】
[解 説]:
本算額は、山形大学小白川図書館で、堺住吉社算額を調査していた折、関連古書『諸国算額新書』の中で、偶然見つけたものである。
天明2年(1782)の奉納で、「摂州浪花住」とは記してあるが奉納社名はわからない。なお、内田秀富は江戸中期の宅間流の和算家である。
| ⑧ 河州狭山牛頭天王社 狭山神社 |
大阪狭山市 半田 |
寛政7年(1795)奉納 平成29年11月発掘 |
神壁算法 京都女子大学 図書館1面1題 |
【河州狭山牛頭天王社(狭山神社)奉納算額】
今、図の如く、十二円有り。円各々同一平面にあり、隣の円互に切(接)する。甲円四十三寸七分五厘(43.75寸)、乙円形五十一寸零三厘(51.03寸)、平円径一百四十一寸七分五厘(141.5寸)。丁円径幾何かを問う。
答曰、丁円径一百六十三寸三分五厘(163.35寸)
「解 説]:
作者の林助右衛門自弘は、北条相模守の士、つまり河州狭山藩士であった。関流の流れを汲む算士でもあり、藤田嘉信著『神壁算法』に河州狭山牛頭天王社への算額奉納の記録があり、上記算題はその書からの採取である。
| ⑨ 河内国藤井寺観音堂 藤井寺 |
藤井寺市 藤井寺 |
文化4年(1807)奉納 平成29年10月発掘 |
諸国算額新集(注7) 山形大学小白川 図書館1面2題 |
【所掲河内國藤井寺観音堂者一事】
今、図の如く、鈎股内に側円(楕円)を容して有り、只云,鈎三寸、股四寸、側円積、至多(最大)にせしめて、その積幾何かを得る術、如何かを問う。
側円積 答曰、三歩二三四五〇七五一三 及び平円積率 四百五十一分寸三五十
五
今、図の如く、鈎股内に累斜を隔てて等円を容して有り。只云、鈎若干、弦若干個数に随して、假(仮)に画五個の場合、累斜幾何かを得る術、如何かを問う。 答曰 術、左の如し。
――以下は略―
[解 説]:
山形大学小白川図書館で、堺住吉社算額を調査していた折、関連古書『諸国算額新書』の中から、偶然見つけた算額である。作者は摂州平野郷の森本氏だが、著者は三春藩士佐久間續(つづき)である。勤皇の志士でもあった續は、上方在住のおり、近辺の大阪、兵庫で算額を採取し、記録に遺したものである。
注:本項での算額原文の書き下ろし文は、読者の内容概観を助ける程度の書き下ろしであって、
正確を期したものではありません。ご了承願います。
7.教材化への展望
よって、大阪府内淀川以北の三島・豊能地区に算額遺産の集中した現存が確認されている。しかし、淀川以南の河州地域は北河内地区の1点(枚方市・意賀美神社)のみで、河州中・南河内地区及び大和川以南の泉州地域には、その現存が皆無の状態であることが右図からわかる。
しかしながら、江戸期泉州と河州は、浪華をはじめ京、江戸との繋がりも深く、上方で生まれ江 戸で育った和算、その特色の一つをなす算額文化の影響がこの二州になかったとは到底考えられない。それらを発掘して教材化し、子どもたちに届けようとの強い思いが研究の動機であった。
- 「平成4年の算額分布図」
- 「平成29年の算額分布図」
平成28年、29年の調査で発掘した算額9面35題については既に解読と解答に取り組んでおり、小・中・高校生への教材化は、部分的ではあるが進んでいる。未発掘の算額の存在についても引き続き調査したい。なお発掘した「瓜破村祠(本稿⑥(河州瓜破村祠繪馬) 」については、1面6題からなる本格的な算額であると同時に、祠の所在地が今村知商の故郷「河州狛庄」の隣接地であること近畿数学史学会著『近畿の数学絵馬を訪ねて』(大阪教育出版図書・平成4年(1992)に書 平成4にも興味を抱いている。
【注】
注1:安藤洋美著『泉州の算額』桃山学院大学総合研究所紀要 第24巻3号
注2:深川英俊著『日本の数学と算額』「文献及び紛失した算額一覧」227~228頁
注3:『諸社繪馬写』:
注4:『賽祀神算』:中村時萬編纂の算額集。文政13年(1830)刊行
注5:『算法奉額起源』:奥州三春藩士 佐久間續著の算額集
注6:『豁機算法』:紀州藩士 志野知郷著の算額集 天保8年(1837)刊行
注7:『諸国算額新集』:奥州三春藩士 佐久間續著の算額集
注8:『神壁算法』:藤田嘉言著の算額集。寛政元年(1789)刊行





